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アラブの春とノーベル平和賞

そんな劇的な(?)別れの後、混雑した車内で、やっと空席を見つけた。
若い、キレイな女の子の隣の席が、ぽっかり空いていた。
「ここ空いてますか?」と聞くと、彼女はうなずいた。
でかい荷物をよっこらよっこら運ぶ私の手を見て、彼女はくすっと笑いながら、「あつこ?」と聞いてきた。
え?なんで私の名前知ってんの?と思ったら、そう言えば、私の手の甲にはヘナで名前が書いてあったのだ。
アラビア語だから、自分では読めないんだけど、現地の人にはバレバレだったんだ。

列車が出ようという時、彼女は私に、「食べる?」と板チョコをくれた。
お言葉に甘えて少しだけいただき、残りは返そうとしたら、彼女は「私、もういらないから、全部あげる」と言う。
いやいやアンタ、私、また太っちゃうじゃんと思ったけれど、せっかくのご厚意なので、いただくことにし、
お返しにかばんの中から、日本食が恋しくなった時のために持ってきてたけど、全然食べてなかった‘柿の種(わさび味)’をあげた。
「これ、ジャパニーズ・ライスクラッカー。ワサビテイストだよ。」
「わさび知ってるか?」と聞いたら、 「知らない。」と言うんで、
「寿司知ってるか? 魚とご飯の間にある奴だよ。」と説明しといた。
柿の種のおいしさを、外国の方にもぜひ、知って欲しいと思ったのだけど、残念ながら、彼女は「今、お腹いっぱいだから、家に帰ってから食べるわ。」と その場で反応を見ることはできなかった。

ともかく、そんな感じで会話が始まった。

彼女は大学で、英語を学んでいると言う。
だから私の片言の英語も理解してくれて、いろんな事を話してくれた。

「チュニジアは、どう?」と聞かれて、
「うう~ん、いい人もいるけど、お金ぼったくろうとする人もいるし、よくわかんない」と答えると、彼女は
「それは、どこの国も同じでしょ?良い人もいれば、悪い人もいるわ。」と言った。
言われてみりゃ、確かにそうだよな~。 日本だって、親切な人もいれば、極悪人だっているわけだし、 観光地なんかじゃ客引きがいて当然だし、 短い期間でたまたま出逢った人だけでその国を判断するのが、所詮ムリな話なんだよね。 若いのに、聡明な人だな~と、私は彼女のことをいっぺんで好きになってしまった。

彼女はガベスに大学があって、自宅のあるスファックスから毎日、片道2時間あまりをかけて通学しているんだそうだ。 お父さんはチュニジア鉄道で働いていて、家族は無料で国内の鉄道に乗れるらしい。

名前を聞くと「なわえ」と聞こえた。
「日本語でどう書くの?」と聞かれたから、 私はひらがなで書いてあげた。
語学を学んでいる彼女は興味深そうに私の書く文字を見て、練習していた。
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なので今度は私が、「ありがとう」ってアラビア語でどう書くのか、教えてもらった。
ガイドブックで見てたので、形はわかっていたけれど、書き順がわからなかったから、現地の人が文字を書くのを見るのは おもしろかった。 
彼女は本当に丁寧に教えてくれて、みみずが這いつくばったような文字にくっついてる点々や丸は、発音記号のようなものなんだということも教えてくれた。
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キレイなだけでなく、とても聡明な彼女に、きっと将来は有望なんだろうな~と、私は何気なく「大学を卒業したら、何になるの?」と聞いてみた。
すると彼女は少し困った顔をして
「まずはコンテストを受けるわ」と言った。
コンテストというが何を指すのか、今ひとつわからなかったけれど、どうも学位論文とか研究成果を競うものじゃないかと思う。それを受けて優秀であれば、国の機関に就職できるというような感じだった。

彼女は少し曇った顔で言った。
「大学を出ても この国では 就職するのが、すごく難しいから・・・」と。
こんなに聡明な子が就職できないなんて、もったいないと思った。
本当にもったいないと思ったから私は
「チュニジアで就職できないなら、いっそのこと海外に出たら?日本に来たら?」と言ってみた。 
でもそれも現実には、難しいことだった。

もうすぐ彼女の降りる駅、スファックスに到着するという頃、彼女は私に「フェイスブックやってる?」と聞いてきた。
当時まだ日本では今ほどフェイスブックは広まってなくて、私はフェイスブック、はて、なんだっけ?と一瞬 戸惑ったけれど、あぁ、映画‘ソーシャル・ネットワーク’のやつね・・・と思い出し、「やってないよ。」と言った。


何事もなければ忘れてしまうような、ささいなやりとりだったけれど、その後、私が帰国して1週間ほどでチュニジア政権が崩壊。
そのきっかけが、 大卒でも就職が困難なことに不満を抱えた若者がデモを起こしたこと、そのデモを呼びかけるためにフェイスブックが使われたことが報じられ、彼女との会話は私の中で、忘れられない記憶となった。

「ジャスミン革命」と名づけられたチュニジアでの出来事は、やがてエジプト、リビアにも波及し、「アラブの春」と呼ばれる一連の動きにつながった。


先日(10月7日)、ノーベル平和賞が発表された。
受賞が決まったアフリカ・中東の3人の女性。 その中の一人が、イエメンで女性の権利や言論の自由を求める活動をするタワックル・カルマンさんだった。

今回の授与に関して、ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長は、
イエメンに限らず、中東の民主化運動「アラブの春」を後押しする意図があることを明らかにしている。

ノーベル平和賞の選定に関しては、往々にして西欧諸国の思惑が見え隠れするが、
そんな政治的な意図うんぬんは抜きにして、私は単純に、
あの時出逢った、ひとりの聡明な女性が、誰に抑圧されることもなく、がんばれる社会になって欲しい
と願うのである。



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by a-nekotabi | 2011-10-09 04:20 | チュニジア
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